7月29日更新分鬥歌石頭FBノート

鬥歌というのは對歌のことで、辞書によると双方が一問一答形式で歌うことまたはその歌のことだそうです。

和歌でいう相聞歌のようなものらしい。

石頭ぱぱ、行く先の伝承とか色と書いてくれて面白いんだけど、こちらは基礎知識が全く追いついていないので、そういう話題ほど調べものが増える増える笑

何となく、で読みとばしていたら理解出来ずに終わってるな遠い目

たまにはちゃんとやるの大事ですね。たまには?

五月天の石頭がFBのノートに書いてる日記を、ちょこちょこ翻訳しております。おかしいところがあれば、ご指摘下されば幸いですm()m

石頭FBノート鬥歌170729

鬥歌

五象大道上の車内は揺れていた。まるで五万頭の象が周囲を踏みならしてでもいるかのように。

現在建設されている最中の新市街は、路面はひっくり返りそうに揺れ、車体は荒れ狂う風に襲われたかのようだ。

まだ良かったのは、このでこぼこの道路は通過点にすぎないことだった。

もし、この先何キロもこんな感じで進んでいたとしたら、胃の中に空腹を満たすために入れたバナナが、泥状になってこの密閉空間に再び姿を現す羽目になっただろう。

この道の名前は伝説からきていて、秦の始皇帝の夢の中に出てきたという五頭の象からとったと言われている1。象は山となって水害を治めた。遠くに見える山の形は、その五頭の象なのだという。

僕は高層ビルの隙間からもう一棟のビルの表面を見つめた。

社会の進歩というのは所詮こういうものらしい、古い言い伝えは道の名前になり、景観となったが、本来遠くから望むことによってその形に見えていた山は、今はたぶん近くから眺めることしか出来ず、その本来の意味を知ることは出来ない。

地域性豊富な民俗色ですら、ひと所に集められて、?河の対岸にある博物館に納められているのみだ。

巨大な銅鼓、僮族の民家、瑤族の竹楼竹で作った二階建ての家、客家の囲楼中心に共同の広場をもつ独特の形の共同住宅、これまで半年から一年かけて民謡を収集した資料。

全てが一つのエリアの中ですぐに見られて、僕らを過去に連れていくことが出来るタイムマシンであり、それが目と鼻の先にある民族博物館、だというのだろうか?

残念ながら、ガラスのケースの中にある藍染の頭巾は再びはためくことはなく、陳列された農作物は乾いてゆくだけで再び成長する様子はない。

プラスチックの楽師の両目は、ともに博物館に納められた最古の壁画をじっと見つめている。

彼はどんな時空の変化も、世の中の無常も感じ取ることはできない。手にした楽器の緩んだ弦は、この琴がどんなものか観ることが出来るだけで、その音色は既に心許ない文書のせいで失われてしまった。

この過ぎ去った時空のカプセルの結末には、意外にも英雄然とした女性が登場する。

民間の歴史書や巷間の一部の物語をかき集めて出来上がる劉三姐2の人生、この物語は歌声と音楽を伴っている。

けれど、たくさんの伝説の中のどれが、本当の彼女なのだろう?

物語で劉三姐は、婚儀から逃げ出したり、想いに殉じたり、そして仙人となるものもある。

けれど、どの物語であっても彼女は歌を歌い、歌うことを愛する人物であることには変わりはない。

今宵、?江を挟んで、彼女は河の左岸に、僕らは河の右岸に。

時空を交え電光石火の如く、夜空の下、僕らは南寧で歌い交わす。

1秦の始皇帝が国の南方の水害を治める為に嶺南中国南部の五嶺山脈よりの南の地方を指すから五頭の宝象を呼んで山津波を堰止め、この地方に平穏が訪れたという伝説。

五頭の象が南寧の付近に近づいた頃、急に歩みを止め前に進まなくなった。始皇帝は手で象の尻を叩いたが、どんなに叩いても言うことをきかない。彼は思わず怒り狂ったが、目覚めるとそれは夢であった。

夢から覚めた始皇帝は半信半疑で人を遣り、南方の様子を調べに行かせると、南側には大きな象に似た五つの山が出来上がっていて、それ以降、南寧の水害はほとんど起こらなくなったと言われている。

2劉三姐は、まとめるのも面倒なのでこちらを参考にお願いします。